2018年03月12日

【音感で変わる情感】

美術手帖の3月号は、「言葉の力。」が特集のテーマで、美術のみでなく多ジャンルを横断する言語表現について取り上げています。
その中の記事のひとつに、芭蕉の俳句

「古池や 蛙飛びこむ水の音」

の英訳が載っていました。

old pond
frog jumps
splash

字面上は本当に直訳くらいの感じなのですが、

ふとold pond...と口ずさんでみると、p という破裂音がすべての行に含まれているし、不思議な躍動感を覚えました。

昔、英会話学校に少しだけ通ってみた事があり、日本語と英語の言語感覚の違いになかなか慣れなくて、「英語で考えないと発語できない」ことが辛くなり、経済面の事情もあり3年で退会したのですが、

同じ言葉を異なる言語で綴るだけで情感まで変わる、

ということを改めて感じたのは久しぶりです。

言葉、というのはとても直接的な伝達手段ですが、同じことを違う人に言ったり、違う人が言ったりするだけで受け止められ方が変わるのが面白いし、ときには切ないなあと思います。

もっと、日々の言葉を大切に使いたいと思うのでした。
posted by はやしすみこ at 13:38| 東京 ☀| Comment(0) | ココロノウワゴト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月21日

【生々流転】

私が見てきたもの 誰かが見てこなかったもの
私が見てこなかったもの 誰かが見てきたもの

私が選ばなかったひと 誰かが選んだひと
私を選んだひと 誰かを選ばなかったひと

そうして時は流れて 生々流転
posted by はやしすみこ at 00:22| 東京 ☁| Comment(2) | ココロノウワゴト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月11日

【鱗】

爪を剥がすように
鱗は さらさら剥がれていく
鮮血が滲む

そこにあるのは
命を損なう苦しみではなく
命あることを確認する
痛みという名の安堵感だ

今日も鱗は
剥がれ続ける

鮮血にまみれながらも
そこにあるのは
命あることを確認する
痛みという名の安堵感だ

私は一人
弔いをする

紅い鱗

私が生きるゆえに
剥がれ続ける
痛みのために

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制作:2006/10/24
☆過去に書いた詩が発掘されたので掲載しました。
posted by はやしすみこ at 12:25| 東京 ☀| Comment(0) | ココロノウワゴト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月06日

【包】

ひんやりと
陽射しの中に木立ち まどろみ

ふうわりと
陽射しを受けて黄金の小片 舞う

黄金の小片は
空気圧に包まれて
静かに地表と出逢う

ここには空気
全ての存在は空気に包まれている

空気が流れて 黄金の舞う
小鳥は啼いて 空気の揺れる

全ての存在は空気を包む

包み 包まれて

時間は流れるともなく止まり
そしてまた
止まるともなく流れ出す

包み 包まれて

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上野の森にて
posted by はやしすみこ at 12:32| 東京 ☀| Comment(0) | ココロノウワゴト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月02日

【勤勉な芸術家】

世界、ほど曖昧なものはない。
世界、はあっさり色を失くす。
世界、には絶対的な色などない。
色彩、とは知覚により定義される極めて主観的な波動。

世界、ほど曖昧なものはない。
世界、はあっさり言葉を失くす。
世界、には絶対的な言葉など無い。
言語、とは情動により発生する極めて主観的な音声。

そして、自己は最も曖昧かつ主観的である。


この世界に曖昧でないものなどあるのかなあ…
世界を包含する宇宙でさえ、
その果ては知れないのに。

かくして芸術家は勤しむ。

曖昧の曖昧たる所以を探り曖昧を曖昧かつ主観的に空間へ定着させるのです

いずれ経年の果てに朽ち果てる物質というものに
あてのない溜息を含ませながら
posted by はやしすみこ at 12:13| 東京 ☀| Comment(0) | ココロノウワゴト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月30日

【道程】

破壊する
という過程も、

むしろ創造の一部なので御座います。

わたくしは
創造すると同時に破壊を行い、
破壊すると同時にまた創造を行う者なので御座います。

わたくし自身に与えられた破壊の権利を何人たりとも奪う事勿れ。

創造する
という行為も、

あるいは破壊への道程なので御座います。

わたくし自身に与えられた創造の権利を何人たりとも奪う事勿れ。
posted by はやしすみこ at 19:48| 東京 ☁| Comment(0) | ココロノウワゴト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月01日

【かれはたそ】

黄昏時に 西陽を受けて ひとりでいるのはきらいです

刻限を告げるサイレンは
無情にも昼と夜を分断する

彼は誰そ

誰がわたくしを見つけてくださいますか

暮れなずむ空の下で
わたくしは粛々と顔なき影法師になってしまいそうです

かれはたそ
かれはたそ

かれはたそ…

どなたか声をかけてくださいませんか

わたくしの足に
進む方角を教えてくださいませ

黄昏時に 西陽を受けて
やがて影法師のわたくし

ここに居りますのに
posted by はやしすみこ at 22:29| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ココロノウワゴト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月09日

【天使のさなぎ】

天使は、
うまれたときから
羽があるのですか。

それとも、
たおやかに透きとおった羽を
ゆっくり広げながら、
さなぎから羽化するのですか。

生まれたての天使。

やわらかな日射しの午後です。
posted by はやしすみこ at 09:43| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ココロノウワゴト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月02日

【生まれてきた日のこと】

私はこの世に生まれてきました
そのことを覚えていてください

この世を去った人間としてだけ
記憶にとどめないでください

私が死んでも
命日の墓参が行事になっても

私が生まれた日のことを忘れないで

私はこの世に生まれてきました

生まれてきて
命の限り生きました

どうかそのことは覚えていてください

いつまでも
posted by はやしすみこ at 08:13| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | ココロノウワゴト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月03日

【小さな終焉】

沈み逝く今日という日の太陽は
かすかに浮かぶ雲の底辺を反射して
きらきら きらきら

泥む西方の空
やがて色彩はどこからともなく重くのしかかり
今日という日の太陽は
たちまち過去と名付けられ
明日昇り来る新しい太陽のために
密やかに葬られる

そしてしばしの闇

小さな終焉は繰り返し
かすかに浮かぶ雲の底辺を反射して
きらきら きらきら

今日という日の太陽は
太陽であるが故に光り輝き
明日のために
密やかな葬送を繰り返す

繰り返す小さな終焉

今日という日が素晴らしくても辛くても
明日のために葬送しよう

時はひたすら刻まれる
明日という日が素晴らしくても辛くても

人間は人間であるが故に光り輝き

小さな終焉と寄り添いながら

生きて逝く
posted by はやしすみこ at 01:16| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ココロノウワゴト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月10日

【巡り逢わせという甘美】

もしも、この瞬間が少女の頃であったなら。

わたくしはただ熱病のごとく
耽ることをためらわなかったかもしれない。

想いは様々に巡るけれど
何人たりとも
己が歴史に刻まれる大宇宙の法則に
抗う事かなわず。

わたくしは
わたくしに定められたままに
歴史の中に刻まれるのみ。

巡り逢わせとは
常に制御不能なもの。
不能なゆえに甘美なもの。

もはや成熟を止められぬ果実の如く
わたくしの時刻は刻まれ、
わたくしは既に
熱病に耽ることを許されぬ。

それでも

そこはかとない憧憬を
わたくしは遠くに眺めたつもりでいて、
奥で燻るなにものかを
覆い隠すためのびろうどを探しあぐねる。

もしも、この瞬間が少女の頃であったなら。

巡り逢わせとは
常に制御不能なもの。
不能なゆえに甘美なもの。

不能なゆえに残酷なもの。
posted by はやしすみこ at 23:28| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ココロノウワゴト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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